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メンバー:中山、渡邊、伊藤、近原、政井、トモハル
基本メニューをいつも通り……
その後、
テーマ【空間】①
↓
テーマ【空間】②
↓
テーマ【空間】コンビネーション
と進めていった。
さて、
基本メニューをいつも通り……
その後、
テーマ【空間】①
↓
テーマ【空間】②
↓
テーマ【空間】コンビネーション
と進めていった。
さて、
本日の新メニューは
伊藤キムW.S.でやっていたことをうちの劇団カラーに応用した物である。
テーマ【見立て】準備
パイプ椅子を各自一つずつ用意し、普通に組み立てて置く。
↓
それを何かに見立ててもらう。
(ex. 「椅子」を「冷蔵庫」や「扇風機」や「人間」に)
見立てとは野田秀樹が良くやる手法で、唐十郎などもやるか……。
うちで言えば第四回公演の際、「一人の肉体」を「吊された核兵器」に見せたり、「処刑さ(首吊ら)れた人間」に見せたり、ということである。
うーん、さらりと恐ろしいこと書いたなぁ……
テーマ【見立て】①
その見立てた物を実際に使ってみる。
その際、椅子自体は動かしてはならないが、
色々な視点からのアクセスは可能。
上下、左右、前後、どこからでも構わない。
当然動きのみで、言葉は発してはならない。
今までと同じようにマイムの速度は変化する。
指示出しは単純。
倍速(ハイ)・ノーマル・スロー・ストップの四つ。
中山は「洋服ダンス」、渡邊は「ポット」、伊藤は「芸術品(鑑賞物)」、近原は「かき氷機」、政井は「彫刻(製作物)」、トモハルは「流し」に見立てたようだ。
モーション四段階はさすがに慣れたのかしっかり出来ている。しかし、マイムがぼろい。
鑑賞している者にそのマイムを理解させるには、具体性が必要。
裏を返せば、具体性のないマイムをする演者は見立てた物が見えてない。
抽象物を表現する際にもどんな抽象物なのか、演者自身は具体性を持ってなければならない。
また、一つの物から新しい物が生まれたら、それもしっかりと表現する。
(ex. かき氷機に入れる氷、作ったかき氷。取り出した洋服、ほっぽった洋服 etc)
テーマ【見立て】②
①は各自椅子を一つ、つまり六人だから六つの椅子を床に置いていたのだが、②では六人で三つの椅子とした。
他のルールは①と同じ。
モーションは四段階(倍速(ハイ)・ノーマル・スロー・ストップ)。
椅子は固定。
Aの椅子には渡邊・近原、Bの椅子にはトモハル・中山、Cの椅子には伊藤・政井。
Aの場合、かき氷機をいじってかき氷を大量生産する近原と、ポットのお湯を出してお茶を大量生産する渡邊。
Bの場合、流しで皿を洗ったりさぼったりするトモハルと、タンスから洋服を取り出して着たり捨てたりを繰り返す中山。
Cの場合、彫刻を黙々と彫る政井と、美術品を鑑賞する伊藤。
世界中の人間達の中から六人分ピックアップし展示しているように見えてくる。
せわしなく慌ただしく動く人間、黙々と物事に打ち込む人間など、同じ24時間与えられていても、人によって体感速度は違う。
あっという間に感じる人間も居れば、長く感じる人間も居る。
見立てた物を使ったアクションを、単純な行動で3つほど考えておき、それを不規則に繰り返す。
至るところでそれをやっている人間がいれば、その空間は捻れた不思議な空間になる。
テーマ【見立て】③
六人で三つの椅子というのは②と同じ。ただ、③の違う部分は移動していいということだ。
つまり、Aの椅子でやっていた人間が突然Bの椅子を使い始め、やがてCの椅子へ、ということである。
極端に言えば、一つの椅子を六人で使っていたり、誰も使っていなかったりしても良いのである。
他のルールはこれまでと同じ。
モーション四段階の指示。
椅子は固定。
やはり一つ一つの動きが雑になっていた。
単純な行動ほど、難しいものはない。
平田オリザの本に記述されていただろうことを思い出した。
普段、人間は挨拶をする。それをセリフとして立ち上げた時、急にその挨拶が言えなくなる。不自然になってしまう。
彼のその例の概念とは、今回やっていることは全く違うのだが、
『単純な行動を侮るな』という意味では同じである。
伊藤キムW.S.でやっていたことをうちの劇団カラーに応用した物である。
テーマ【見立て】準備
パイプ椅子を各自一つずつ用意し、普通に組み立てて置く。
↓
それを何かに見立ててもらう。
(ex. 「椅子」を「冷蔵庫」や「扇風機」や「人間」に)
見立てとは野田秀樹が良くやる手法で、唐十郎などもやるか……。
うちで言えば第四回公演の際、「一人の肉体」を「吊された核兵器」に見せたり、「処刑さ(首吊ら)れた人間」に見せたり、ということである。
うーん、さらりと恐ろしいこと書いたなぁ……
テーマ【見立て】①
その見立てた物を実際に使ってみる。
その際、椅子自体は動かしてはならないが、
色々な視点からのアクセスは可能。
上下、左右、前後、どこからでも構わない。
当然動きのみで、言葉は発してはならない。
今までと同じようにマイムの速度は変化する。
指示出しは単純。
倍速(ハイ)・ノーマル・スロー・ストップの四つ。
中山は「洋服ダンス」、渡邊は「ポット」、伊藤は「芸術品(鑑賞物)」、近原は「かき氷機」、政井は「彫刻(製作物)」、トモハルは「流し」に見立てたようだ。
モーション四段階はさすがに慣れたのかしっかり出来ている。しかし、マイムがぼろい。
鑑賞している者にそのマイムを理解させるには、具体性が必要。
裏を返せば、具体性のないマイムをする演者は見立てた物が見えてない。
抽象物を表現する際にもどんな抽象物なのか、演者自身は具体性を持ってなければならない。
また、一つの物から新しい物が生まれたら、それもしっかりと表現する。
(ex. かき氷機に入れる氷、作ったかき氷。取り出した洋服、ほっぽった洋服 etc)
テーマ【見立て】②
①は各自椅子を一つ、つまり六人だから六つの椅子を床に置いていたのだが、②では六人で三つの椅子とした。
他のルールは①と同じ。
モーションは四段階(倍速(ハイ)・ノーマル・スロー・ストップ)。
椅子は固定。
Aの椅子には渡邊・近原、Bの椅子にはトモハル・中山、Cの椅子には伊藤・政井。
Aの場合、かき氷機をいじってかき氷を大量生産する近原と、ポットのお湯を出してお茶を大量生産する渡邊。
Bの場合、流しで皿を洗ったりさぼったりするトモハルと、タンスから洋服を取り出して着たり捨てたりを繰り返す中山。
Cの場合、彫刻を黙々と彫る政井と、美術品を鑑賞する伊藤。
世界中の人間達の中から六人分ピックアップし展示しているように見えてくる。
せわしなく慌ただしく動く人間、黙々と物事に打ち込む人間など、同じ24時間与えられていても、人によって体感速度は違う。
あっという間に感じる人間も居れば、長く感じる人間も居る。
見立てた物を使ったアクションを、単純な行動で3つほど考えておき、それを不規則に繰り返す。
至るところでそれをやっている人間がいれば、その空間は捻れた不思議な空間になる。
テーマ【見立て】③
六人で三つの椅子というのは②と同じ。ただ、③の違う部分は移動していいということだ。
つまり、Aの椅子でやっていた人間が突然Bの椅子を使い始め、やがてCの椅子へ、ということである。
極端に言えば、一つの椅子を六人で使っていたり、誰も使っていなかったりしても良いのである。
他のルールはこれまでと同じ。
モーション四段階の指示。
椅子は固定。
やはり一つ一つの動きが雑になっていた。
単純な行動ほど、難しいものはない。
平田オリザの本に記述されていただろうことを思い出した。
普段、人間は挨拶をする。それをセリフとして立ち上げた時、急にその挨拶が言えなくなる。不自然になってしまう。
彼のその例の概念とは、今回やっていることは全く違うのだが、
『単純な行動を侮るな』という意味では同じである。
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